精神医学 Vol.64 No.7(2022年7月号)「書評」より

評者:菊知 充(金沢大学医学系精神行動科学教授)

日本国内の最近の調査によると,てんかんの有病率は0.69%であった.さらに睡眠・覚醒障害の有病率は10%以上と報告されており,ごく「ありふれた」疾患である.これら2つの疾患群「てんかん」「睡眠・覚醒障害」は,精神科だけの領域とは言えないことから,国際疾病分類表第11班(ICD-11)では,「精神,行動または神経発達の疾患」とは別の分類をされている.つまり,この2つは,精神科医が,複数の診療科の医師が連携して治療にあたる頻度の高い疾患群である.たとえば,「てんかん」においては一般救急の現場でも,精神科医が他科の医師と連携して見立てにあたることが多い.睡眠・覚醒障害については,そのものの見立てだけでなく,併存する精神疾患の見立てと治療において,精神科医としての専門性が求められることが多い.いずれの疾患群においても,治療方法が急速に発展し,複数の治療選択肢から治療方法を選べるようになってきた.さらに,疾患分類が改変されつづけている.それゆえに,治療する側としては,個々に最適化された治療戦略を組むために,たえず知識をアップデートしていく必要がある.

てんかん診療を行っていて痛感するのは,最近10年あまりで,使用できる薬剤の選択肢が急速に広がったことである.日本では2022年現在,20を超える抗てんかん薬が使用できる.そのため薬剤選択において,知識と経験が問われるようになった.たとえば,てんかんの発作型のみならず,内服薬間の相互作用,薬の副作用プロフィールと患者の背景(精神症状の有無など)との相性などが重要になる.本書は治療薬選択においても,図や表を用いて初期研修医にも分かりやすく解説されている.さらに,突然死,自己免疫性脳炎,高齢者のてんかんなど,最近のトピックについても解説されている.

睡眠・覚醒障害については,疾患ごとに病態メカニズムがわかりやすく解説されている.さらに治療に関しては,薬物選択から睡眠衛生にいたるまで広く網羅されている.最近の治療ガイドラインの解説だけでなく,長期薬物療法を行っている患者の出口戦略にいたるまで,実践的な内容となっている.さらには,睡眠の生理的制御について,最新の研究成果が解説されており,睡眠について深く学ぶこともできる.

本書は,「てんかん」「睡眠・覚醒障害」の歴史,疫学,臨床診断,病態生理,治療,精神医学的側面,生活支援にいたるまで,包括的にまとめられている.精神科医が臨床場面で遭遇しそうな具体的場面がイメージしやすいように配慮され,精神科医として診察室で必須の知識が網羅されている.治療選択に悩んだときに,基礎知識を確認するための参考書としても便利である.精神科専門医の基盤の上に,てんかん,あるいは睡眠・覚醒障害の専門医を目指す精神科医にも役立つ内容である.