Top

サポート情報

IRBハンドブック 4章と付録の公開、更新ページ

付-8

書で紹介されるアメリカのルールは大部分が国際標準に適うものであり,日本の治験・臨床研究にも共通であるが,アメリカと日本で状況が大きく異なるためIRBでの議論に必要不可欠な2項目-補償と情報保護-について補足が必要と思われたため,ここにIRBでの議論のためのガイドラインを示した.なお,本書の全体像と日本の研究規制の現況を照合してもう一つ大きく欠落しているのが,歴史的背景の検証である.これについては,資料の安易な紹介を避け,今後の議論に委ねたい.

【補償】

<チェック項目>

〔補償の原則と理念〕

  • 補償の基本理念は,公共の利益のために研究に協力した対象者に起こった健康被害に対しては,研究者側に過失がなくても損失を補償すべき,因果関係の立証責任を対象者に負わせない,というものである.
  • 治験・臨床研究に参加した対象者に健康被害が生じた場合は,適切な医療(処置)が提供されなければならない.
  • 補償の責務と補償保険のカバーする範囲は必ずしも一致しない.責務を完全に果たせない場合にはそのことの自覚と説明が重要である.

〔補償の種類・手順〕

  • 「医療費」のうち公的健康保険で賄えない自己負担分は,できる限り,対象者に負担させるのではなく,治験依頼者・研究者等が支払うようにする.研究機関と異なる医療機関で受診する場合も含めて,対象者に立て替えさせないよう,事務処理の手順を明確にしておくことが望ましい.
  • 「医療手当て」(直接の医療費自己負担分以外の入院費用や交通費・雑費など)を,できる限り,治験依頼者・研究者等が支給または償還するようにする.この場合も,対象者に立て替えさせないように手順を明確にしておくことが望ましい.
  • 重度の健康被害の場合は「補償金」(休業補償金,疾病補償金,障害補償金,死亡の場合は葬祭料,遺族補償金など)を,できる限り,治験依頼者・研究者等が支払う.この際,患者対象の場合は医薬品副作用被害救済制度に倣い,後遺障害等級1,2級に対して支払い,健康人対象の場合は政府労災給付に倣い1~14級に対して支払う,とされる場合があるが,状況に応じて検討する*2

〔因果関係・補償/賠償責任の判定〕

  • 治験・臨床研究参加との因果関係が明確に否定できる場合は補償しない.
  • 因果関係の立証責任は治験依頼者・研究者等にあり,対象者に負担を負わせない.
  • 補償・賠償責任のいずれか,因果関係の有無等について迅速に判定を行える機構を設置しておくことが望ましい.

〔補償対象からの除外または制限〕

  • 治療に副作用が必然的に伴う特定の薬剤の場合(抗癌剤,免疫製剤,血液製剤など),プラセボ対照群の場合を含む疾患の自然経過としての増悪,研究対象の疾患が重篤な場合などは,補償の対象から除外または補償の範囲が制限されることがある.除外対象の薬剤は,医薬品副作用被害救済制度による除外対象を参照.ただし,これらの除外の正当性は研究審査委員会で十分に検討することが望ましい.
  • 補償ができない,または十分な対応ができない研究については,最低限,補償の有無について説明文書に記載し,その正当性を研究審査委員会で審査する.
  • いずれかの関係者に過失がある場合は過失に責任ある者が賠償責任を負う.
  • 既に市販されている薬剤の場合には医薬品副作用被害救済制度の給付金を受けられる可能性がある.

〔保険加入等の措置〕

  • 治験依頼者・研究者等は,補償のための保険に加入するなど,必要な措置を講じておく.研究機関で補償金等を支払う措置が明確にされていれば必ずしも保険に加入する必要はない.
  • 治験依頼者・研究者等は,賠償のための保険には加入しておく必要がある.

<解説>

対象者が研究に参加して健康被害が生じた場合,速やかに適切な医療を提供したうえ,研究者側に過失がなくとも健康被害についての医療費その他を研究者側が支払うものとするのが「補償」の考え方である.過失があった場合のみ賠償金を支払うのが「過失責任」である.アメリカでは臨床研究に無過失補償の考え方を適用しないが,そのかわりに,対象者への償還を超える支払いが容認される傾向がある.ヨーロッパでは無過失補償の考え方が適用される傾向がある.これ以前にヨーロッパでは医療全般についての無過失補償制度が整備されている国がある.
無過失補償,立証責任の転換は,民法の過失賠償のルールの枠外にあるので,本来は法律による規定がないと強制力がなく,当事者間の契約で定める以外にない.日本では法律による規定がない中で,治験についてはGCP省令,臨床研究では「臨床研究に関する倫理指針」で補償の考え方が示されているため,補償ルールの適用には限界がある.GCP省令制定時に治験依頼者が利用できる補償保険商品の開発が必要であったことから,製薬企業の法務関係者の研究会である「医薬品企業法務研究会」が「補償のガイドライン」を作成した* 2.これにより無過失補償をカバーする保険商品が開発されたことは高く評価されている.一方,患者対象の場合に政府労災の3級以下を補償しない,自然増悪やプラセボ対照の場合に補償が制限される,健康人対象の場合に医療費・医療手当がカバーされない,などの問題への指摘もある.また,本ガイドラインは保険会社から償還される範囲と治験依頼者・研究者等が支払うべき部分の区別を明示しているが,学術研究機関での臨床研究の場合に,保険会社から償還されない範囲はすなわち研究者等が被験者に補償しなくてよい範囲であると誤解してはならない.学術研究機関における補償は,対象者が研究に参加することによるリスク,ベネフィット,研究から得られる知識により社会が受けるリスク,ベネフィットとの比較考量により,研究実施機関の社会的責務と財源にも照らして,機関としての方針を明確にしたうえ,個別の研究計画・説明文書に明記し,発生した事象につき十分に検討する必要がある.

【情報保護】

<チェック項目>

〔情報保護の原則と理念〕

  • 憲法13条(幸福追求権)に保障される基本的な権利として,対象者は,プライバシー権(自己情報コントロール権:自己情報へのアクセス権,訂正請求権)と,セキュリティを求める権利を有する.
  • 個人情報保護法は上記の憲法上の権利を保護するための法律だが,実質的には業者規制法的な側面もあるところに注意が必要である.
  • 個人特定可能な情報は,本人の同意なく「目的外利用」「第三者提供」してはならない.
  • 対象者の情報は,あらゆる段階で保護され,漏洩などのないよう管理され,十分な安全管理措置がとられていなければならない.

〔適用除外〕

  • 個人情報データベースを構成する個人情報の保有件数が過去半年のいずれの日においても5000件を超えない機関は実質的な規定が適用除外とされている.
  • 学術研究機関における学術研究では実質的な規定が適用除外とされている.しかしこれらの規定は行政指針に盛り込まれている.
  • 学術研究機関ではない機関による研究,企業等による営利目的の研究は,除外規定が該当しない.学術研究機関とこれに該当しない機関で共同研究を行う場合には,研究計画に定められた手順が,一方の機関においては適法,他方においては適法でない可能性があるので注意を要する.
  • 公衆衛生上の正当な理由があり,対象者におよぶ危険が正当化しうる範囲である場合に限り,研究審査委員会の承認と研究機関の長の許可を得て,個人情報保護のルールの例外とすることができる場合がある.この場合に,対象者が自分の情報を使われることを拒否する機会を持てるように研究についての情報を公表する.

<解説>

欧米諸国では,学術研究機関における学術研究が日本のように実質的な規定の適用除外とされているのではなく,例外規定が設けられ,学術研究以外の行為で取得された個人情報を学術研究に利用する場合のルールが明確にされている.これに対し日本の個人情報保護法では,実質的な規定が適用されるか,適用されないかは,研究機関の種類によって異なり,適用されない場合には行政指針に従うこととされているが行政指針の遵守は個々の機関の自主性に委ねられている.こうした欧米と日本の制度設計の違いにより,研究現場では個人情報の研究利用についてのルールの理解が一律でない.
このため,本人の完全なインフォームド・コンセントを得ないで行う研究については,各研究実施機関のルールや方針を明確にしたうえ,各研究計画において例外的措置の正当性を論述し,研究審査委員会でその適否について十分に審議する必要がある.

*2 以下情報を参照: